岡谷で50年以上続く、上林ニット㈱の2代目代表取締役社長として、ニット製品の開発・製造に取り組む上林義知さん。ニットメーカーとして、ホールガーメント(無縫製編み)のニットづくりに取り組んでおられます。岡谷シルクを用いたニット製品の制作にも力を入れており、2020年には同社の「シルクストール」が岡谷シルク認証製品として登録されました。今回は上林社長に、これまでの同社の歴史とニット製造、そしてシルクニット製品の開発についてお話を伺いました。

創業から57年(2026年時点)という歴史をもつ㈱上林ニットですが、創業当時はどういった会社だったのですか。
最初は家内制工業のような状態で、自宅で手袋の製造からはじまりました。当時の諏訪地方には数多くのニットメーカーが存在していたので、他社から注文を受けた製品を自宅で製造をするような形をとっていました。自宅が工場になっているため、私自身も物心がついたころには、隣の部屋で機械がガチャンガチャンと、昼も夜も関係なく編み機がうごく音が聞こえていました。

次第に編立(横編み機)など、手袋以外の製品を編む機械の導入が進められました。今も自宅と工場が同じ敷地内にあるのですが、元は普通の住宅だったので、機械が増えると自宅スペースが圧迫されてしまうため増築して、それでも足りなくなってまた新たに増築して、というのを繰り返してきました。
機械は当然安いものではないので導入には大きな決断が必要ですが、機械を導入すればするほど受けられる仕事の幅も製造できる製品の種類も量も増えていきます。投資した分頑張って仕事を続ける、その繰り返しで今まで続けてこられました。
上林義知社長は2代目社長に就任するまで、どのようにニットづくりを学ばれたのですか?
岡谷・下諏訪地域では、製糸産業から発展したニット産業が盛んな地域であったため、わたしが若い頃は岡谷にも下諏訪にもたくさんのニット工場がありました。そこで、家業を継ぐ前に他社で勉強をしようと思い、下諏訪に当時あったニットメーカーに高校卒業後18歳のときに就職をしました。そこで約6年間、勤めながらニットにまつわる様々なノウハウを学ばせていただきました。就職したニット工場は、家業の上林ニットより規模が大きく、従業員さんが30人ぐらいいました。最初は、ニットを何枚も重ねて裁断機で裁断をする工程からはじまり、ロックミシンで縫製をする工程や衿付けなど、自分で手を動かして一つ一つの技術を学んでいきました。

家業を継ぐためにニット製造を学びはじめたと思いますが、どういったところに面白さを感じましたか。
特に「柄組み」(デザイン・寸法・配色などのデータを組む工程)と呼ばれる工程に面白さを感じていました。就職した工場にはジャガード柄のように複雑な模様を編む機械が導入されており、その機械で用いられる編み図の設計をするお仕事を任せてもらっていました。今ではすべてパソコンが自動で計算をしてくれるのですが、当時は編み目や配置、色彩などを計算して細かい調整を人間の手で行っていました。
あるとき、有名な英国のゴルフ場の写真をニットで表現するお仕事を受けたことがありました。使える色は6色と制限がある中、編み図を設計して一枚の絵を表現していくのですが、編み図の一マスの違いで図柄の印象が大きく変わってしまうので、パズルのように細かい設計をしてイメージを形にするのはとても難しかった覚えがあります。しかし、出来上がったときにご招待いただいたファッションショーで、自分が作り上げた作品を身に着けたモデルの方がランウェイを歩く姿をみたときは本当に感動しました。
細やかなニット設計が得意だったのですね。そのあと、家業を継ぐべく上林ニットに入社されて、どういったことをはじめられたのですか。
1994年に家業を手伝いはじめたのですが、当時の諏訪地域では廃業するニット会社が相次ぎ、どう生き残っていくかが重要な課題となっていました。そんなときに島精機製作所が開発したホールガーメント(無縫製ニット)の機械が登場し、すぐに「これはいい!」と思い、導入の検討をはじめました。

通常のニット製造の場合は、生地を型紙に合わせて裁断し、パーツを縫い合わせて製品を作っていきます。そのため、裁断することで発生する裁断クズや端切れなど原料ロスが多いのが課題でした。けれど、ホールガーメント(無縫製ニット)の場合は、プログラム化されたデザインをもとに、一本の糸から一筆書きのように一着丸ごと編まれるので端切れが出ず、原料ロスが少ないところが魅力的です。
さらに、縫い目がないため、ニットを着たときのごわつき感がなく、着心地も非常に良いです。みんなで話し合った結果「この業界で生き残るにはこれしかない。」という結論に至り、導入に踏み切ることにしました。
新しい機械の導入に踏み切るのと同じように、導入後にその機械を使って製造をする中でもハードルはあったことと思いますが、どのように導入を進めていかれたのですか。
最初は試しにハイゲージ(編み目が細かく密)のホールガーメントの編み機を2台導入しました。ホールガーメントの編み機を先行導入をしていた山梨のニットメーカーさんの下請けのお仕事を頂いて、自分で試作を繰り返して形にしていきました。
当時は製品が完成しても傷が出るなどトラブルがあり、一筋縄にはいかないところもありました。しかし、できる製品の幅を増やしていくために、すぐにミドルゲージ(ハイゲージとローゲージの中間でバランスのよい編み目)のホールガーメントの機械を導入しました。
ハイゲージは編み目が細かく密なのでシーズン性が強く、冬は需要が高いのですが、春夏の温かいシーズンは注文は少なめです。それに対してミドルゲージはオールシーズン需要に浮き沈みが少ないことから、生産ラインを止めることなく、安定的に生産ができるようになりました。

そのあともホールガーメントの機械の導入台数を増やしつづけ、今工場で稼働している機はほとんどホールガーメントになっています。業界全体でもホールガーメントの認知度が上がり、今では「ホールガーメントでニットを作りたい」というこだわりを持ったお客様から注文をいただくようになってきました。
現在上林ニットでは、製品の梱包まで一貫して行われていますが、そこまでこだわっているのはなぜですか?
ホールガーメントの編み機を新規で導入することを決めた当時から「自社で最終的に完成品まで作れる・届けられるようにしたい」という強い思いをもって取り組んできました。現在、ニット業界全体でメーカーが減ってきていますが、私たちは1枚1枚、デザインから製造~縫製、検品と完成品になるまで仕上げることで、自分たちで作り届ける「生き残る体力」をつけていきたいと思っています。

国産より安価な海外製品がなだれ込んでいる今の市場の中で、これまで通りブランドから注文を受けて製造する形態で価格競争をしていくのでは厳しいのが現実です。これからは自分たちで企画・デザインして、付加価値をつけて販売する、ということにも挑戦をしていくべきだと考えています。
そこで、「私たちの手で作れる、そして私たちらしい商品とは何だろうか」と考えたときに、「シルク」を素材にニット製品をつくるというアイデアが浮かびました。
上林ニットのシルクの糸を用いて編まれたニットストールは、岡谷シルクブランド認証製品に認定されていますが、上林社長も岡谷出身、上林ニットという会社自体も岡谷続いてきた会社、ということで岡谷という土地のルーツから、「ニット」と「シルク」が結びついたのですね。
そうです。ひとまずシルクの糸でホールガーメントのニットを作ってみようと思って制作をはじめてみましたが、シルクは想像以上に糸自体の扱いが難しいです。そこで、今年(2026年時点)新たに専用機を導入し、より品質の高いシルクのニット製品(岡谷シルクニット)を作ろうと取り組みを進めています。
今後もシルクのまち岡谷で、養蚕や製糸されたシルクの糸を用いて、セーターやストール等のファッション小物の製造に力を入れていきたいと思っています。

岡谷シルクブランド認証製品に登録されているシルクで編まれたニットストールは、首回りの弱い皮膚にも優しい肌触りで、とてもいいですよね。昨年はフランス・パリで開催される見本市「Japan Expo(ジャパンエキスポ)」に出展されたと思いますが、海外の方の反応はいかがでしたか。
現地には妻(上林美奈子氏)がいきましたが、全身シルクの服をまとっていらっしゃる方や、オーガニックな製品に興味をお持ちの方などが、ブースに興味を持って立ち寄っていただけたようです。そういった方々に、「岡谷はシルクの産地で、シルク素材のニットですよ」「ホールガーメントという無縫製のニットなので、縫い目がなく肌触りがよいですよ」と特徴を丁寧に説明をすると、「すごいね」とシルクニット製品の特別な価値が伝わるようでした。

海外のシルクユーザーのみなさんの声を直接聞ける貴重な機会になったのですね。今まさに「ニット」と「シルク」を結び付けて、製品化に取り組んでいらっしゃると思いますが、これからどのように取り組みを進めていきたいと考えていますか。
今はもう大量生産大量消費の時代ではなくなってきていると思います。だからこそ、自分たちで企画から製造まで一貫して行い、「価値あるものをつくる」ことを続けていきたいです。この日本のニット産業を次の世代に繋げていくためにも今のうちから少し先を見据えてやっていこうと思っています。

聞き手:地域おこし協力隊 伊東ゆきの(2026年1月)
長野県横編メリヤス工業組合(1974)『ブティックものづくり一筋に<30周年記念>』
上林義知(2025)「ホールガーメントによるニット製造」『岡谷蚕糸博物館紀要18号』岡谷蚕糸博物館
森田聡美(2024)「諏訪のものづくりⅡ knit in SUWA~戦後岡谷・下諏訪のニット産業~」『岡谷蚕糸博物館紀要18号』岡谷蚕糸博物館