元製糸工場の蔵をリノベーションした「アロマ&クラフトkinu小屋」にて、シルクの入った石鹸や化粧品の開発・製造に取り組む伊藤眞由美さん。製糸工場で使われずに捨てられてしまうシルク素材を活かして、ひとにも自然にも優しい石鹸づくりに取り組んでいます。今回は伊藤さんに、石鹸づくりをはじめたきっかけから、その魅力ついてお話を伺いました。

伊藤さんは現在kinu小屋という石鹸や化粧品のブランドをされていますが、石鹸づくりは最初どういうきっかけがあって始められたのですか。
もともと子供のころから肌が弱くて皮膚科通いの日々でした。看護師をしていましたが、夜勤などもある交代勤務のハードな仕事をしていたころ、肌の状態がすごく悪くなってしまいました。市販の石鹸も肌に合うのがなく悩んでいたときに、アロマテラピー(植物から抽出された精油等を使用し、心身の健康を促進する自然療法)に出会いました。
アロマテラピーの勉強を始めて、ヨモギをお風呂にいれてみたり、様々な植物を生活に取り入れてみたら、肌の状態が次第に落ち着いてきました。植物は自分が思っている以上に力があるのだなと、この時に気づきました。
また、次男が障害をもってうまれてきて、病院やリハビリに通うために看護師の仕事をフルタイムで続けていくことが難しくなりました。それでもお家にいながら自分でできることがないかなと思ったときに、アロマテラピーに出会ったので、学校に通って勉強をしながらアロマインストラクターの資格取得を目指しました。その頃、アロマを通して知り合ったお友達に石鹸教室に誘われたのが、石鹸づくりとの出会いとなりました。

今お話しをしているこの小屋の中も扉をあけて入った瞬間、とてもいい香りがしました。アロマテラピーを通じて、植物を生活に取り入れることをはじめて、そこから今の石鹸づくりに繋がっていったのですね。
はい。その石鹸教室では熱を加えずに低温でつくる「コールドプロセス製法」の石鹸づくりを学びました。オリーブオイルやココナッツオイルなどの植物性のオイルや、自然の香りがのった精油など好きな素材を組み合わせてつくることができます。その時の気分次第でオイルを変えたり、色や香りを変えたり、無限の楽しさがあるこの石鹸づくりにはまり込んでいきました。
コールドプロセス製法では、お風呂のお湯ぐらいの約40度程度の温度で作っていくので、素材の成分を壊さずにそのまま取り入れることができます。合成保存料や防腐剤なども一切入れずにつくれるため、使う素材も作り方もとてもシンプルです。そのシンプルさがとても安心であり、魅力的だと思います。
この植物由来の石鹸を使って私は肌が治っていったので、自分と同じように肌が弱くて大変な思いをしているひとに伝えていきたいと次第に思うようになり、本格的に石鹸の商品化と石鹸教室をはじめることにしました。

今kinu小屋さんの看板商品である石鹸には、宮坂製糸所の繭の一部やキビソなどのシルク素材が使われていますね。どういうきっかけがあって「シルク」と「石鹸」が繋がったのですか。
今石鹸教室をしているこの建物は、元は製糸会社の蔵でした。岡谷というシルクのまちで、それも製糸会社というシルクとご縁のある場所で石鹸づくりをしているのだから、シルクを石鹸に取り入れてみようと思いました。どうやってシルクを取り入れるべきか、シルク素材はどこで手に入るのか模索していたときに、岡谷で現在も製糸をされている宮坂製糸所さんをご紹介いただきました。
この土地と建物のご縁があって、シルクを石鹸づくりに取り入れることになったのですね。伊藤さんご自身も元々シルクに関わりがあったのですか。
わたし自身、むかし祖父母が養蚕をしていたので、子どものころ祖父母の家に遊びにいくと2階にはお蚕様がいました。なので、元々お蚕様やシルクに親しみを持っていましたが、あまり知識はありませんでした。むしろ子供の方が岡谷の小学校でカイコ学習を受けるので、お蚕様やシルクにも詳しいぐらいでした。けれど石鹸を作るようになり、自分でもシルクのことを学びたいと思い、2022年に岡谷蚕糸博物館が実施している「シルクおかや次世代担い手育成講座」を受講しました。
講座では1年間かけて、養蚕から製糸、染織まで学ぶのですが、新しい気づきがたくさんありました。養蚕の大変さも知ることができ、お蚕様の命を頂いているのだということ実感することができました。

現在も三沢区民農園のくわくわ養蚕倶楽部のメンバーの一人として、岡谷シルクに深く関わってくださっていますが、最初は岡谷蚕糸博物館の「シルクおかや次世代担い手育成講座」がはじまりだったのですね。今石鹸に入れているシルク素材はどのように出会ったのですか。
担い手育成講座の最後のころに、宮坂製糸所でどうしても売り物にできないシルク素材があることを知り、「石鹸になら活かせるかも!」と思い、すぐに試してみました。ビス(繭の一番内側の部分)はそのままの状態で、繭は刻んでから苛性ソーダ水の中に入れると、きれいに溶け込みました。シルクが入ると石鹸の手触りもしっとりとして非常に良くなることもわかりました。そこで、宮坂製糸所さんから売り物にならない繭やビスなどを分けてもらい、一つ一つお蚕様のサナギや脱皮殻などを手作業で取り除き、石鹸の素材として活用していくことにしました。
これまで石鹸を作り続けてきた経験を屈指して、どれぐらいの調合がいいのか、時間をかけて試作を重ねていきました。シルクを入れすぎてボソボソになってしまったり、パウダー状のシルクを入れてみたり、試行錯誤しながらやっと今の形に仕上がってきました。
工場で廃棄されてしまう繭やキビソなどのシルク素材を無駄にせず、一つ一つ手作業で綺麗にして、石鹸に生まれ変わらせているのですね。
廃棄されてしまうシルク素材を活かせるという良さもありますが、このシルク石鹸は「自然環境にもやさしい」という点にも魅力があると思います。この植物由来の石鹸は約24時間程度で水と炭酸ガスに自然分解をされるため、環境負荷が少ないという特徴があります。
今石鹸をつくっているこの場所は、諏訪湖のほとりにありますが、私の父の世代が若かったころの諏訪湖はもっと水質が良くて魚も豊富に採れて、安心して泳げるほどきれいな湖だったと聞きます。そんな身近な自然環境をできるだけ汚さないように次の世代に繋げていきたいので、自然由来の環境にも優しい石鹸はその点でも安心だと思います。

ひとにも、自然にも優しい石鹸ですね。今、その石鹸づくりの教室などをされているこの素敵な小屋は元製糸会社の蔵だったということですが、どういった製糸会社だったのですか。
この蔵のある夫の実家は、昭和初期まで「東英社ヤマキ製糸場」という製糸工場を営んでいました。この家に私がきたときには既に製糸工場は閉業していましたが、この蔵の中には当時を伝える資料がぎっしりと詰まっていました。例えば、工女さんがたくさん映っている写真や、当時の糸や繭の取引の状況が記録されている帳簿、そして工女さんが工場で毎食ごはんを食べるために使っていた食器など、それはもうたくさん出てきました。


片付けをしようと思い立ったときに、「製糸会社の蔵のお片付けなんて滅多にない機会だからみんなでやりましょう」とお誘いいただいて、三沢区民農園のくわくわ養蚕倶楽部のみなさんと一緒に蔵の片付けをすることになりました。製糸工場時代の資料もたくさん出てきたので、岡谷蚕糸博物館の髙林館長と学芸員の森田さんも駆けつけてくださいました。
資料が詰まった重たい木箱やタンスがたくさんあったのですが、資料を小屋の外に持ち出して、みんなで一緒にお昼ご飯を食べながら、髙林館長や学芸員の森田さんに蔵から出てきた資料について色々教えてもらいました。おかげさまでこの蔵や製糸会社の歴史的なルーツを深く知ることができ、とても良い体験をさせていただきました。

石鹸教室をしようと、蔵を片付けたことでの製糸工場時代の歴史が掘り出されたのですね。この場所で石鹸づくりをこれからどのように進めていきたいと思ってますか。
お肌にも良い、捨てられてしまうものを循環できて資源を無駄にしないでつくれるこの石鹸を自分でこの場所で作りたいと長年思ってきましたが、すべての工程をこの場所で行うには、どうしても許可を取る必要がありました。その許可申請も様々な困難がありましたが、無事2025年にいただくことができました。これからは石鹸の商品開発や石鹸教室だけではなく、石鹸製造もすべてこの場所で行っていこうと思っています。
また、次男のように障害をもつ方々とも一緒に石鹸を作っていきたいという夢もあります。今もときどき、次男やお友達を呼んで一緒に石鹸づくりをすることがありますが、一緒にぐるぐる素材をかき混ぜてつくる石鹸づくりはとても楽しいです。いつか一緒にできたらいいなと思っています。

>アロマ&クラフトkinu小屋のオンラインショップ
聞き手:地域おこし協力隊 伊東ゆきの(2026年1月)
原田留津子(2023)「東英社(ヤマキ)製糸場資料のご紹介」『岡谷蚕糸博物館紀要18号』岡谷蚕糸博物館