世界で唯一、桑を水耕栽培している企業として話題の株式会社モレラの代表取締役社長として活躍される福島知子さん。岡谷にある植物工場で水耕栽培された桑から健康食品や化粧品等を開発・製品製造に取り組んでおられます。今回は福島社長に桑の水耕栽培をはじめるに至った訳や商品の開発についてお話を伺いました。

現在はモレラ株式会社として水耕栽培に取り組んでいらっしゃいますが、もともと植物工場に関するお仕事をされていたのですか。
いいえ、最初は普通の主婦でした。高校卒業後に食品メーカーに入って生産管理のお仕事を経験した後に結婚して数年間は主婦をしていましたが、どうしても仕事をしたくて、子育てをしながらできる仕事を探しました。その当時、子育てをしながら働ける場所はとても限られていたので、やっと見つけた化粧品の訪問販売のお仕事をしていました。
食品メーカーの生産管理のお仕事では、工場のラインのことや食品衛生についての知識や経験が身に付きましたが、化粧品の訪問販売のお仕事では、化粧品やお肌の知識、そしてエステティックのやり方などを学ぶことができました。何よりも自分のお肌がとても弱くて一般的な化粧品が使えなかったことから、化粧品への関心も深まっていきました。
数年間化粧品のお仕事をしたのちに、次は住宅展示場のお仕事をしました。モデルハウスに常駐して、住宅の購入検討をされているお客様に住宅の説明をする業務を担当しました。ただ仕事をするだけでは勿体ないので、「その仕事のスペシャリストになる!」と心に決めて、夜学に通って建築士や宅建などを勉強しました。そのとき経験が今にも生かされていて、工場の排水処理の関する法的知識がついたり、植物工場の図面なども自分で書けるようになりました。
子育てしながら、次々とまったく異なる分野のお仕事に果敢に挑戦されてきたのですね。
はい、一見まったく異なる仕事をしてきているようにも見えますが、これまでの仕事はどれも今の私の植物工場の事業を行うベースとなっていると思います。住宅営業のお仕事で経験を積んだのちに、次は半導体をはじめとする精密機器関連の仕事を経験し、小型デジタルカメラやLED照明の開発などに関わっていきました。

食品メーカーでは生産管理、化粧品訪問販売のお仕事で化粧品の知識、住宅営業で建築関係の知識、半導体等のお仕事で精密機器に関する知識を身に着けて、着々と植物工場につながる経験を蓄積されてきたのですね。最初に植物工場をやろう!と思ったのはどういったきっかけがあったのですか。
LED関連のお仕事でたまたま植物工場を見学する機会があり、その工場を見せられたときに大きな衝撃を受けたのがきっかけでした。ちょうどその頃、主人がガン宣告を受けて治療を続けていました。主人は治療薬の副作用からさっぱりしたものを食べたがっていたのですが、食べられる野菜がなかなか手に入らなくて困っていました。その様な状態の中で、植物栽培用LED開発の案件が来て、初めて植物工場を見学した時、私の取り組むべき事業が見え、これまでの職歴が全て繋がったような思いがしました。
植物工場で作られた野菜であれば、衛生管理を徹底して無菌状態で作れるので安全性も高く、主人のように病気で食べられるものが制限されているひとも安心して食べれます。病気で食べれる量が限られているひとのために、栄養価と吸収力を高めた野菜をつくることも植物工場ならば実現できるかもしれない、と大きな希望を感じました。これが工業と農業が合体した次世代型の食のシステム、つまり植物工場の分野に挑戦するきっかけになりました。
このとき、これまでの経験とご自身のやりたいことがやっと結びついたのですね。
はい。加えて、ちょうどその時期に国の政策として植物工場の設置数を3年間で3倍増を目指すという方針が発表され、大学等の研究機関等にも補助金が出ました。その時ちょうど岡谷市役所の職員の方が関東経済産業局に出向しており、共に植物工場事業に対する情報を共有しながら、岡谷市内で植物工場事業を開始することになりました。
私自身も諏訪東京理科大学の大学院で研究を進めていくうちに、実験場として自分たちの工場を持ちたいと思うようになり、最初は岡谷市内で工場を作りました。お手本もない何もない状態から始めたので、肥料の適正な濃度も分からず、栽培装置も肥料も全部独学で一から考えて作っていきました。

岡谷市内で最初の植物工場を始めてから、どういう出会いがあって「桑」を水耕栽培することになったのですか。
ある時、岡谷市の商工会議所が桑の種を持ってこられて、「水耕栽培で桑を育てることはできないか」と打診をされました。その頃、岡谷市は「徳本薬草のまち岡谷」というプロジェクトに取り組んでいて、桑の「薬草」としての一面を掘り下げてみたいとのことでした。しかし、いまだかつて桑の木を植物工場で育てた人はおらず、世界で初めて桑の水耕栽培に挑戦することになりました。
岡谷はシルクのほかに「薬草」のまちとしても有名ですね。桑は養蚕のための植物というイメージが強いですが、薬草としての桑の効用はどうなのでしょうか。
養蚕の技術は5,000年~6,000年ほど前に中国大陸ではじまり、日本には2,000年ほど前に稲作とともに伝わってきたとされますが、桑という植物も養蚕の技術と共に日本全国に広まっていきました。桑は養蚕のための木という一面のほかに、人間の健康と深く関係しており、古くから「薬」としての効用も広く知られていたのです。世界でもっとも古い薬の教科書である「神農本草経」にも桑の薬効について書かれています。
岡谷市も「徳本薬草のまち岡谷」と言われますが、薬草に長けた名医で江戸時代に将軍徳川秀忠の難病を治したとされる永田徳本先生が長く過ごした地であったとされます。そういった薬草とも歴史的な繋がりがあるこの岡谷のまちで、薬草として桑の研究・栽培を行うことで、新しい取り組みを生み出していきたいと思いました。

「薬草のまち岡谷」と桑にはそういった関係があったのですね。そのあと一度工場を岡谷市外へ移転し、2025年から再びこの岡谷に新たな植物工場を開業されましたね。これからどんな取り組みを進めていくのですか。
岡谷市川岸にあるこの新工場では、栽培から製品化までこの工場内ですべてを行っており、栽培室で水耕栽培した桑を加工し、食品・化粧品等の製品を製造しています。桑の葉や根を使用した製品として、お茶や飴、石鹸、化粧品などの製品をこれまで開発・販売してきました。
現在、養蚕農家は全国でも134件(2025年現在)しか残っていないとされます。シルクのまち岡谷で桑の植物工場をやっているからには、どうにか養蚕農家さんやシルク産業を次世代につなげていくサポートをしていきたいと考え、桑の枝やその他副産物を買取り、製品化していくことで資源を循環させるプロジェクトを始動しました。まさに今年(2025年現在)から三沢区民農園さんと連携して回収した蚕沙(お蚕様の糞)や桑の枝等から自然由来の消臭剤の開発を進めています。

また、私自身も子育てをしながら仕事を探すのにとても苦労をした経験をもっています。少しずつ状況は良くなっていますが、㈱モレラとしても子育てをしながら働きやすい環境を提供していきたいと思い、はたらく環境を整えています。
地域資源の循環、子育て世代へのサポートなど桑を通じて地域・社会への貢献も目指しているのですね。モレラ㈱の企業理念「桑と蚕の機能性素材で人々の健康と美容及び地球環境に貢献する」といった企業理念を掲げていらっしゃいますが。これはどういった想いが込められているのですか。
土を作るのは石と葉っぱです。葉や動物の死骸が堆積して土になるのですが、小さな葉なら大量に必要になるところを、桑の葉は大きくて立派なので沢山の土が作れると思います。今世界では砂漠化が深刻な問題となっていますが、砂漠が広がり続ける土地に桑を植樹していくことで、緑と土を新たに生み出し、世界で広がり続けている砂漠も緑地化できるかもしれないと考えています。さらに、栽培した桑で養蚕を行い、空いたところで野菜を栽培もできたら、雇用も生みだすことができます。不毛の地に産業を創出できるかもしれない、そんな思いを持って私たちは植物工場での桑の水耕栽培に取り組んできました。
植物工場にこだわって研究を進めてこられたと思いますが、屋内栽培、植物工場だからこそできることもあるのでしょうか。
自然界は雨が降ること、霧があること、風が吹くこと、太陽の光、温度差、湿度、すべてにおいて意味があり、一日として同じ日がありません。屋外で栽培する場合は、気温等の環境は操作できないので、必然的に時間をかけて育てることになります。その一方で、植物工場のように屋内で栽培をする場合は、栽培環境を整備をすれば、「本来は出来ない時期に、出来ない場所に、出来ない作物を育てること」や「栽培速度を速めること」も可能になります。それが植物工場の存在意義の一つだと思います
植物工場で栽培に取り組む私たちの考え方は、土と自然の流れに合わせて栽培をする農業的な考えではなく、どちらかといったらモノづくりのような工業的な考え方だと思います。どちらの考え方も大切だと思いますが、もしこれから自然環境がこのまま変化をし続けて、これまでの農業では対応ができなくなったときに、食物の安定供給に植物工場が貢献できるかもしれない、ということも考えながら植物工場の研究に取り組んでいます。
自然界は太陽や雨など色々用意してくれますが、植物の自然な成長にはどうしても時間が必要です。一方で植物工場は環境と条件を揃えれば成長時間を早めることができる。だからこそ、植物工場はタイムマシーンのようだと思いますね。

>つくる場をたずねる 「株式会社モレラ」
https://okayasilk.jp/?p=2765&preview=true
>㈱モレラ オンラインショップ
聞き手:地域おこし協力隊 伊東ゆきの(2025年10月)